これはあくまでも、自分のこれまでの経過ですので、どの程度参考になるかはわかりませんが・・・
新卒でシティホテルに入社してから会社の内情が変わり、地元資本からセゾングループ企業へと変わった・・・
それがまず最初の転機だった。
地元へ帰り、名古屋のホテルで配膳会に所属してホテルでの仕事をボチボチやってはみたが、国際的な観光地京都での経験と比べると決して誇りを持って仕事ができるような満足感はなかった。
だらだらと満員電車に揺られて通勤して、終電に駆け込み乗車する日々が続くと若いがゆえにだんだんと嫌気がさしてきた・・・
正社員ではなかったこともあり、「もうウンザリだ!」とばかりにやめてしまった。
憧れて就いたホテルマンだったのだが、あえなく終焉を迎えてしまった。

そして次の職業は、「個別訪問型の教材販売」。
まぁ俗にいう飛び込みセールスマンのことです。
中学生向けの勉強用教材を売り歩くのが仕事でした。完全歩合制給料(1契約でいくら)にもかかわらず、この仕事が生に会っていたのか成績はとってもよかった。
月収で数十万円稼いだときもありました。
もっと凄い人は月収百万円なんて人もいましたが、反面ゼロという人もいました・・・
下克上するなら売ればいいわけです。自分の能力を販売の数字で誇示したい人にはこれ以上の職場はありません。
ただ、現在のような世の中で、アポなし訪問をしてドアを開けてくれる家庭はゼロに等しいので、今の社会では個別訪問の教材販売はできないでしょう。

そして、次なる転職が長距離トラックのドライバーです。
最初から長距離だったわけではありません。当然大型免許なんて持っていませんので、普通免許でも乗ることができる4トントラックからはじまり、豊田市近郊の自動車部品会社をウロウロ配送するのが仕事でした。
運送会社ってのはいろんな仕事(コース)があり、そのコースによって収入も大きく違います。
若くて、もっと稼ぎたければ大きな車に乗って長い時間働くコースを希望すればよいわけです。

ただ、遠くまで行くのはいいのですが、全てを一人でやらねばなりません。会社に同僚や上司が居て困った時にはいつでも助けてくれる環境にはありませんので、自分のことは全部自分でやらねばなりません。
眠たかろうが、具合がわるかろうが、決められた時刻に納品せねばなりませんし、車が故障しても自分で修理の手配や警察への通報などをしなければなりません。パンクしたタイヤ交換くらいは自分でやります。

難しい仕事ではありませんが、責任感の低い人だとちょっと勤まりません。
割りと簡単に入れてくれますが、長続きしない人も多い職場です。

長距離トラックの乗務員をしている時には何度も危ないめに遭遇しました。
自分では気をつけていても横を走っている車が事故を起こせば、巻き添えを食らってしまうのが高速道路や交通量の多い道路での実態です。
何度も肝を冷やす思いをしているうちに
「こんなに危ないめに後何度遭うのだろう」
と考えだしたら、だんだんとやる気が失せてきてしまったのです。

自分の可能性を試してみたい!!

俺はこのまま終わるような人間でありたくない!

次には天職を見つけて転職しようと考出だしたのです。
スポンサーサイト
信州日記信州/長野どっとこむ長野県の風景・温泉・くらし転職して長野県でスローライフを過ごしています転職してスローライフを長野で送る人生 |
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿
URL:

Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。